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大阪地方裁判所 平成6年(ヨ)3063号 決定

債権者

浜田正勝

右代理人弁護士

細見茂

小林徹也

債務者

共立工業株式会社

右代表者代表取締役

小田島昭二

右代理人弁護士

片山恭行

主文

一  債権者が債務者に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、金一〇五万円及び平成七年一月から本案の第一審判決言渡に至るまで、毎月二五日限り、一か月金三五万円の割合による金員を仮に支払え。

三  債権者のその余の申立を却下する。

四  申立費用は、これを五分し、その四を債務者の負担とし、その余を債権者の負担とする。

理由

第一申立の趣旨

1  主文第一項と同旨

2  債務者は、債権者に対し、平成六年一〇月から本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月二五日限り月額四九万五〇〇〇円の割合による金員を仮に支払え。

第二主要な争点

一  争点形成の前提となる基本的な事実関係(1の事実は債務者が明らかに争わず、2の事実は当事者間に争いがない)

1  債務者は、昭和四五年二月に設立された輸送用機器の設計、製作、施工及び販売保守等を業とする株式会社である。

債権者は、設立当初から債務者に雇用され、昇降機の保守、点検等の業務に従事してきた者であり、この間に債務者の株式を取得して株主の地位も有している。

2  債務者は、債権者に対し、平成六年九月二二日付けの内容証明郵便により、同日付けで債権者を解雇する旨の意思表示をし、これは、同月二三日に債権者に到達した(以下「本件解雇」という。なお、債務者は、本件解雇を懲戒解雇であると主張し、懲戒解雇としての効力が生じないとしても通常解雇として有効であると主張している)。

二  争点の形成

1  当事者の主張は、債権者につき、「地位保全等仮処分申立書」、「準備書面(平成六年一一月一八日付け)」及び「準備書面(平成六年一二月二八日付け)」、債務者につき、「答弁書」、「準備書面(平成六年一一月一〇日付け)」及び「準備書面(平成六年一二月一五日付け)」と題する各主張書面のとおりであるから、これらを引用する。

2  右によれば、本件における主要な争点は、次のとおりと解される。

(一) 就業規則の不存在と懲戒解雇の可否

(二) 解雇事由の有無及び懲戒権、解雇権の濫用の有無

(三) 保全の必要性

第三争点に対する判断

一  本件疎明資料によれば、債務者には就業規則等は存在せず、従業員の懲戒処分に関する規則等がないことが認められ、そもそも懲戒解雇をすることができるのか自体に争いがある(争点(一))。しかし、この争点について判断するまでもなく、争点(二)の検討結果により、本件解雇は無効であると判断されるので、直ちにその検討過程を以下に説示することとする。

二  本件解雇の理由は、債務者作成の「解雇通知書」に明示されているところであり、これによれば、次のとおりである(〈証拠略〉)。

〈1〉  平成六年の夏期賞与の前に社員に集まってもらい、大変不況で賞与の支給ができない事情を説明し、協力を依頼したところ、債権者から会社の経理内容の説明、その他文書説明、文書の写しの提示の要求があり、会社はその都度対処したが、債権者は、納得できないので賞与の支給をするように申し出て大変非協力であった(この点を以下「賞与問題」という)。

〈2〉  社内会議の席上、債権者は、過去に施工したカーリフト設置工事の代金の相当多額を債務者の社長(債務者代表取締役の小田島昭二をさす。以下「小田島」ともいう)が不正に着服した(この点を以下「カーリフト問題」という)とか、社長そろそろ引退したらどうか(この点を以下「引退発言問題」という)とか、社長のことは全く信用できない(この点を以下「不信発言問題」という)などと事実無根の暴言をして、大変迷惑をした。

三  そこで、右本件解雇理由として挙げられた事実の有無について検討する。

1  本件前の債権者と債務者との紛争について

本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。

債権者は、債務者の株主であるが、債務者の利益計上が少なく、配当がないことから債務者の決算内容に不審を抱き、債務者の代表者小田島が私腹を肥やしている特別背任の疑いがあるとして、平成元年一月二〇日付けで、大阪地方裁判所に検査役の選任を申請した。

これを受けて、同裁判所は、同年八月一〇日、債務者の業務及び財産の状況を調査させるため大阪弁護士会所属の華学昭博弁護士を検査役に選任した。

同検査役は、公認会計士を補助者として、債務者の昭和六〇年二月一日から平成元年一月三一日までの各事業年度について、(1)架空伝票、架空領収書及び売上の過少計上による不正な経理操作の有無、(2)右操作により債務者に生じた損害の有無及びその金額について検査した上、平成二年五月二三日付けの調査報告書を同裁判所に提出した。

この調査報告書によれば、債務者には架空経費等の計上がみられ、これにより捻出された資金は給与、旅費、リベート等に支弁され、その差額五二万一七三五円が使途不明金と認定され、これと修正申告により納付された法人税等(八六万円程度)が小田島の違法な業務執行によって債務者に生じた損害であると認定された。しかし、債権者は、昭和六三年四月の日本エアブレーキ株式会社に対するカーリフト工事の売上が不当に低く計上されているとの点を問題としたが(本件カーリフト問題)、この点については、右調査報告書では、同取引の売上利益率が、同期中の売上総利益率と比較して低水準にあることは認めたものの、一応約二〇パーセントの売上利益が確保されていることなどから、同取引(本件カーリフト問題)を異常であるとすることはできないとされた。

2  賞与問題、カーリフト問題及び引退発言問題について

本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。

平成六年八月一二日、債務者代表者小田島から債権者らに対し、小田島の入院で迷惑をかけたこと、この約四か月の入院中に債務者の状態が大変悪化し、倒産も予想されること、同年夏の賞与を支給することができないこと、小田島としては当分無給で頑張るので、従業員の協力をお願いする旨記載された書面が配付された。そこで、債権者らと小田島らとが話し合いをし、その際、債権者らは、会計帳簿の閲覧又はその写しの交付を求め、賞与不支給の理由の説明を求めた。同月一八日、債権者は、債務者の事務員に帳簿の閲覧を要求したが断られた。

同月二六日、小田島と債権者らが集まり、債権者が債務者の経理内容の説明を要求したところ、小田島は、かつて債権者の申請により右1記載の検査役による検査がされた話をもちだした。債権者は、右カーリフト問題に対する右検査結果に承服しかねていたが、右のような話が出たことで、同月二九日、右カーリフト工事に関する日本エアブレーキ株式会社の注文書の写しを示して、右に関する債務者の経理内容を再度問題とし、「もし全面的に自分に非があるのであれば辞めてもよい」との趣旨の発言までした。

同月三一日、債務者の事務所内で、債務者の株主総会が行われた。その席上、債権者は、債務者の経理が苦しくなった理由について質問するとともに、本件カーリフト問題について質問し、右注文書のほかに別の注文書があるのではないかなどと債務者の経理の問題を追及する趣旨の発言をし、また、小田島に対し、若い人に社長を譲ったらどうかと小田島の引退を促すと解釈される趣旨の発言をした。

3  不信発言問題その他について

債務者は、右のほか、債権者について、業務上の指示命令違反が再々あったこと、勤務状態が不良であったこと、前記の内容の不信発言が長期間にわたって繰り返されてきたこと、上司に反抗してきたこと、暴言があったことなどの点を主張するが、その主張自体が具体性に欠ける上、本件疎明資料及び審尋の全趣旨によっても、これらの点について疎明があったというには足りない。

四  右事実によれば、次のように評価される。

1  本件カーリフト問題についてみるに、この点は、債権者自身が申請した法的手段により、検査役が選任され、その結果、この点については、「異常な取引であるとすることはできない」との結論を得ているにもかかわらず、相当期間経過した平成六年八月に至ってもなお全く同様に債務者及び小田島の行為を問題としているのであり、しかも、本件疎明資料によっても、右検査結果が誤りであるというだけの資料の存在は認められないのであるから、債権者が確たる証拠もなく紛争を蒸し返しているとの趣旨の債務者の主張にも一理あるといわざるをえない。しかし、他方、本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、債権者は、検査報告があって後、平成六年八月の時点まで、本件カーリフト問題について蒸し返すようなことはしていないことが一応認められ、加えて、右判示のとおり、賞与不支給の経理的説明を要求する中で、小田島の方からカーリフト問題を含む右検査の点が話題とされたことに誘発されて、債権者の右行為がされたものであること、債権者は、株主総会の席上、株主として右発言をしているものと評価されることも考えれば、債権者の右行為の問題性の程度は高くはないというべきである。

2  次に、賞与問題に関しての債権者の行為は、従業員としての交渉態度、株主としての帳簿閲覧要求の手続等としてみると、債権者に相当であったとはいいきれない面があることも否定できないが、相当性の程度を大きく逸脱しているとまでは認められない。

3  引退発言問題についても、小田島が長期間入院し、職務に当たれなかったことは事実であり(前判示)、発言の方法、表現等において、債権者に配慮が求められる点がなかったとはいいきれないが、相当性の程度を大きく逸脱しているとは認められない上、株主の立場からの発言とも評価しうることも考慮すれば、債権者の右行為の問題性の程度は高くはないと解される。

4  そうすると、本件事実関係のもとにおいて、債権者を懲戒解雇に処するのは、処分として重すぎるものであり、社会通念上相当として是認できず、懲戒権の濫用として、本件懲戒解雇は無効である。

また、通常解雇としてみても、右事実関係のもとにおいては、解雇に処することは著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないのであって、解雇権の濫用として、本件通常解雇は無効である。

したがって、債権者の本件被保全権利の存在について、疎明があるものと認められる。

五  保全の必要性について

1  本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、次の事実を一応認めることができる。

債権者は、妻と短期大学一年に在学中の長女と三人で生活している。他に長男と次男がいるが別居し、生計を別にしている。

債権者は、毎月二五日に債務者から手取り額にして四〇万円程度(基本給は四九万五〇〇〇円)の給与を受けていた。妻は、パートタイマーとして働いており、月額八万円程度の収入がある。

債権者の世帯の生計費として必要な金額は、家賃四万六二〇〇円、光熱費三万円その他を含め合計三四万円である(健康保険料分は除く)。

2  本件の諸事情に照らせば、債権者の地位保全の仮処分の必要性があるものと一応認められる。

次に、賃金仮払の必要性の点についてみるに、右判示の事実に照らせば、月々の生活に必要な費用は約三四万円であり、これから、妻の収入約八万円を除くと約二六万円が不足することになり、賃金の支払がない平成六年一〇月以後本案の第一審判決の言渡しがあるまで、いわゆる手取り額として毎月同額程度の仮払を受ける必要性が一応認められる。そうすると、税金、社会保険料等の差引前の額としては、諸般の事情をも考慮すれば、月額三五万円を相当とし、この範囲で仮払の必要性が認められ、それを越える部分については保全の必要性の疎明がない。

したがって、債権者の本件金員仮払の申立のうち、債務者に対し、平成六年一〇月分から同年一二月分までの三か月分の賃金の仮払として合計金一〇五万円及び平成七年一月から本案の第一審判決の言渡しがあるまで、毎月二五日限り、一か月金三五万円の割合による金員の仮払を求める限度で保全の必要性が認められる。右を越える債権者の申立部分については保全の必要性の疎明がなく、却下されるべきである。

六  よって、債権者の本件申立は以上の限度で理由があるので、事案に鑑み、債権者に担保を立てさせないで、主文のとおり決定する(本決定は、平成七年一月一一日までに提出された主張及び疎明資料に基づいてされたものである)。

(裁判官 田中昌利)

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